9月のLLM最前線
クラウドは半額競争、ローカルは30B級、Jevは配信網へ
GPT-6 Sol/Luna、Gemini 3.8 Flash、Claude Fable 5.1、Qwen3.8-27B、Muse Glimmer、Jevの続報を一次情報で整理。さらに「言葉を使わずに考える」潜在推論の2論文が、科学研究のAIにどう効くかを読み解きます。2026.09.25
9月は、最上位モデルを競う月というより、その知能をいくらで、どこで動かせるかが問われた月でした。クラウドでは中位モデルが半額になり、ローカルでは約20GBに収まる30B級モデルがエージェント用途の標準になりつつあります。同時に、文章を生成せず判断だけを返すJevが、主要な開発基盤から呼べるようになりました。
- 確認済み 提供元の公式発表・公式ドキュメント、または論文本文で確認した事実
- 提供元公称 提供元自身の評価・比較による数値。第三者による再現は未確認
- AIfrontierの見解 編集部の解釈・仮説であり、確立した結論ではありません
1. クラウドLLM:最上位はそのまま、中位が一気に安くなった
OpenAI「GPT-6 Sol / Luna」(9月22日)確認済み
OpenAIは9月初旬に最上位のGPT-6 Astraを公開し、9月22日にはAstraと同様の手法で訓練した中位のGPT-6 Solと軽量のGPT-6 Lunaを追加しました。API価格は、GPT-5.6世代の販促価格から50%引き下げられています。キャッシュ済み入力の読み出しは90%割引で、キャッシュの効き具合を確認するダッシュボードと診断ツールも用意されました。 出典:OpenAI
| モデル | 入力(100万トークン) | 出力(100万トークン) | 前世代比 |
|---|---|---|---|
| GPT-6 Sol | $2 | $10 | GPT-5.6 Sol($4 / $20)から半額 |
| GPT-6 Luna | $0.10 | $0.50 | GPT-5.6 Luna($0.20 / $1.20)から値下げ |
性能面では、業務自動化の評価AutomationBenchで、Sol(最大の推論量xhigh)が33.2%、1タスク当たり$0.27でした。OpenAIは、Claude Opus 5(最大設定、26.9%)を約9%のコストで上回ったとしています。提供元公称 いずれもOpenAI自身の比較で、他社モデルの数値は公開レポートからの引用です。なお、同じ9月22日にAnthropicが公開したOpus 5.5は、Zapier自身の評価でAutomationBench 40.0%と報告されています。この比較の前提は、発表当日のうちに更新されたことになります。
Google「Gemini 3.8 Flash / 3.8 Flash Cyber」(9月2日)確認済み
Googleは6週間で3度目となるFlashの更新を行いました。3.8 Flashは、3.7 Flashと同じ導入価格(入力$0.75、出力$3.75)のまま、長時間のコーディング作業とエージェント用途を強化しています。一方、脆弱性の発見と自動修正に特化した3.8 Flash Cyberは、信頼できる防御側の組織に限って新設の「Fairwind Program」を通じて提供されます。Googleは、Chromeのセキュリティチームが既存の商用モデルの2.6倍の正しいパッチを得たと報告しています。提供元公称 出典:Google
注目すべきなのは、Googleが3.8 Flashについて「以前より粘り強く考え、より多くのトークンを使うことがある」と明言した点です。1トークン当たりの価格が同じでも、1タスク当たりのコストは上がる可能性があります。コスト重視の用途には、引き続き3.7 Flashを使う選択肢も残されています。
Anthropic「Claude Fable 5.1 / Mythos 5.1」(9月1日)と「Opus 5.5」(9月22日)確認済み
Anthropicは9月1日にFable 5.1とMythos 5.1を公開しました。両者は同じモデルで、安全対策(セーフガード)の水準だけが異なります。一般向けのFable 5.1では、ソフトウェアの脆弱性を見つけることはできても、それを突く攻撃コードは作れません。高度な生物学研究に使える能力も制限されています。Fable 5.1は一般に提供され、Mythos 5.1はサイバーセキュリティと生命科学の研究向けに、信頼できる利用者に限って提供されます。価格は入力$10・出力$50(100万トークン当たり)で据え置かれ、キャッシュ読み出しは$1から$0.25に下がりました(料金ページで確認)。この値下げにより、トークン単位の従量課金ではFable 5より一般的な作業で約25%、エージェント用途では最大約45%安くなる見込みとしています。 出典:Anthropic
科学研究での成果も公表されました。提供元公称
- タンパク質設計:Mythos 5.1が設計した、標的に結合するタンパク質(バインダー)を外部の2機関で実験検証したところ、12標的で約50%が実際に結合しました。現在の一般的な成功率は10〜15%です。
- 金星の地形図:Fable 5.1が金星の3分の1について高解像度の標高マップを作成し、CCライセンスで公開しました。
- 計算生物学の高速化:Mythos 5.1が、オープンソースのゲノム・タンパク質モデル7種を出力を変えずに最大2.5倍高速化しました。
さらに9月22日には、Claude 5.5ファミリーの最初のモデルOpus 5.5を公開しました。価格は入力$4・出力$20・キャッシュ読み出し$0.20(いずれも100万トークン当たり)で、Anthropicは多くの作業でFable 5.1並みの性能を出しつつ、一般的な作業ではOpus 5より約40%安いとしています。 出典:Anthropic
3社とも、キャッシュ割引・推論量の調整・用途を絞った特化版で差別化しています。モデルを選ぶときは、1トークン当たりの単価ではなく「1タスク当たりの総コスト」と「キャッシュがどれだけ効くか」を、実際の業務データで比較する段階に入りました。
2. ローカルLLM:約20GBに収まる30B級が「手元のエージェント」の標準に
Qwen3.8-27B(8月14日公開)確認済み
AlibabaのQwenチームが公開した27Bパラメータの視覚対応モデルで、ライセンスはApache 2.0です。Simon Willison氏は、27Bはそこそこの性能のノートPCで動かせる絶好のサイズだと評価する一方、既定設定のままでは考えすぎる(推論が長くなりすぎる)傾向があると指摘しています。 Hugging Face / Simon Willison
Meta「Muse Glimmer」(8月10日)確認済み
MetaはMuse Sparkで非公開路線に移っていましたが、Apache 2.0のオープンウェイトとして30Bのエージェント向けモデルを公開しました。Muse Sparkの出力を使った蒸留で訓練されています。約4ビットに量子化すると言語モデル部分は20GB未満に収まり、24〜32GBのメモリで画像を理解するエンコーダや推測デコード用の下書きモデルと一緒に動かせます。下書きモデルを使う高速化は、RTX 5090で3.1倍、M5 Maxで1.8倍とされています。提供元公称 出典:Meta
ローカルLLMに求められるものが「チャットができる」から「手元のデータを外に出さずに、ツールを呼び出すエージェントを常時動かせる」へ変わりました。個人情報や未公開の研究データを扱う現場では、クラウドの上位モデルで計画を立て、ローカルの30B級で実行するという役割分担が現実的な構成になっています。
3. Jevの続報:発表の翌日には主要な開発基盤から呼べるように
9月15日に発表されたTypeSafe AIのJevは、翌16日にVercel AI Gatewayで使えるようになりました。Cloudflare Workers AIのモデル一覧にもtypesafe/jevとして掲載されています。確認済み
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 呼び出し方 | AI SDK 7(7.0.105以降)の実験的API evaluate、Cloudflareの env.AI.run('typesafe/jev', …) |
| 質問の型 | Choice(選択肢から選ぶ)、Score(順序付きの評価尺度で採点)、Noul/Boolean(真である確率)。複数の質問を並列に評価 |
| コンテキスト長 | 32,000トークン(Cloudflareの掲載値) |
| データ保護 | データを保持しない設定(Zero Data Retention)と、学習への利用拒否を指定可能 |
| 公表されているモデル版 | Cloudflareの応答例では jev-1.13.0 |
Vercelの告知では、TypeSafe自身のワークフロー評価で既存LLMより最大193.6倍速く、444.6倍安いとされています。提供元公称 一方でVercel自身も、確率と信頼度は利用者のラベル付きデータで較正(キャリブレーション)するよう案内しています。「確実な案件は自動処理し、判断が分かれる案件は人の確認に回す」という使い方が前提です。 出典:Vercel / Cloudflare
Jevが指定された型の外の値を返さないのは、出力形式の仕様によるものです。判断そのものが正しいことを保証するわけではありません。較正の品質は、対象となるデータの分布ごとに評価し直す必要があります。
4. 「言葉にせずに考える」2論文と、AI for scienceへの影響
現在の推論モデルは、思考の過程を文章(Chain of Thought、CoT)として書き出すことで性能を上げています。今回取り上げる2本の論文は、思考をトークン(言葉)に変換せず、モデル内部の連続的な数値ベクトルのまま進めるという共通の方向を示しています。
論文A:Coconut ―― 連続的な思考の連鎖(Meta FAIR / UCサンディエゴ)確認済み
Coconutは、モデルの最後の隠れ状態(内部の数値ベクトル)を単語に変換せず、そのまま次の入力として戻す手法です。これにより、一つの「思考」が複数の次の一手の候補を同時に保持できるようになります。その結果、明示的に教えていないにもかかわらず、幅優先探索(BFS)に似た振る舞いが自然に現れました。
| 課題 | CoT(文章で推論) | Coconut | 生成トークン数(CoT → Coconut) |
|---|---|---|---|
| ProsQA(計画・探索が必要な論理課題) | 77.5% | 97.0% | 49.4 → 14.2 |
| ProntoQA(論理推論) | 98.8% | 99.8% | 92.5 → 9.0 |
| GSM8k(算数文章題) | 42.9% | 34.1% | 25.0 → 8.2 |
探索が必要な課題では、Coconutは少ないトークン数で文章による推論を上回りました。一方、算数ではまだ文章による推論に届いていません。ただし、推論を省いた場合(No-CoT、16.5%)と比べると大きく改善しています。 arXiv:2412.06769
論文B:Recurrent Depth ―― 考える深さを後から伸ばせるモデル(ELLIS / メリーランド大学 / ローレンス・リバモア国立研究所)確認済み
Transformerの中核となるブロックを繰り返し適用し、推論時に反復回数を増やすほど深く考えられる言語モデルです。35億パラメータのモデルを8,000億トークンで訓練し、米オークリッジ国立研究所のスーパーコンピュータFrontier(AMD MI250X GPU)で学習しました。反復回数を増やすと推論系ベンチマークの成績が伸び、最大で500億パラメータ相当の計算量まで性能向上が続きました。特別な推論用の学習データを必要とせず、短いコンテキストでも動作します。
さらに、次の機能が追加の学習なしで得られることも報告されています。
- トークンごとの計算量の自動調整:易しいトークンでは早めに反復を打ち切る
- KVキャッシュの共有:メモリ使用量を抑えられる
- 自己推測デコード:同じモデル自身を下書きに使って生成を速める
内部の状態を追跡すると、数値を扱うトークンでは潜在空間を周回する軌道(オービット)が現れました。 arXiv:2502.05171
AI for scienceにとって何が変わるのかAIfrontierの見解
| 観点 | 期待できること | 注意すべき点 |
|---|---|---|
| 仮説空間の探索 | Coconutで見られたBFS的な並列探索は、逆合成解析(目的の化合物を作る経路を逆算する手法)、証明の探索、実験計画の分岐など、早い段階で一つの道に決め打ちすると失敗する課題に向いています | 検証されたのは合成的な論理課題までです。化学や物理の実データでの効果は確認されていません |
| 言葉にしにくい推論 | Recurrent Depthの著者は、空間的な思考や物理的な直感のように言語化しにくい推論を潜在空間で扱える可能性を挙げています。分子の形や場のイメージを文章に変換することによる情報の損失を避けられるかもしれません | これは著者の「期待」として書かれている部分で、実証された結果ではありません |
| 計算資源の配分 | 難しい問題にだけ反復を増やせるため、限られたGPUを本当に難しい問題に集中させられます。大規模なシミュレーションの前処理や候補の絞り込みと相性が良い設計です | 反復を増やすほど1問当たりの計算量は増えます。費用対効果は課題ごとに測る必要があります |
| 再現性と監査 | 思考を文章に書き出さないため、トークン数(つまりコスト)を大きく削減できます | 科学研究で最も重要な「なぜその結論に至ったか」を人が読んで確かめることが難しくなります。CoTは不完全とはいえ監査の手がかりでしたが、それが失われます |
対照的な例として、Anthropicが公表したタンパク質設計の成果(上記)は、文章で推論する既存のモデルに設計ツールを使わせ、結果を外部の実験で確かめる形をとっています。現時点で科学研究の成果を支えているのは、この「道具を使い、実験で検証する」ループです。潜在推論は、そのループの内側で探索を速くする部品として位置づけるのが現実的です。
このため私たちは、潜在推論を科学研究に使うなら「内部で速く探索し、結果は型付きで検証する」という組み合わせが重要になると考えます。潜在空間で探索した候補を、シミュレーションや形式的な検証、Jevのように確率付きで型の決まった判断を返す仕組みで絞り込みます。そして確信度の低い候補だけを人と実験に回す設計です。これは、判断を型付きの確率として扱うという較正と判断モデルの議論、およびSignが重視する構造の検証可能性と同じ方向にあります。ただし、これは編集部の仮説であり、実証済みの手法ではありません。
- クラウドは「1タスク当たりのコスト」で比較し直す。キャッシュ割引と推論量の設定は必ず検証条件に含める
- 機密性の高いデータを扱う工程は、ローカルの30B級(Qwen3.8-27B、Muse Glimmer)での実行を検討する
- 分類・振り分け・可否判断はJevのような判断専用モデルに切り出し、自社のラベル付きデータで較正する
- 潜在推論は研究段階です。科学研究に使う場合は、外部での検証とセットで評価する
出典
- OpenAI「Introducing GPT-6 Sol and Luna」 https://openai.com/index/introducing-gpt-6-sol-and-luna/
- Google「Gemini 3.8 Flash and 3.8 Flash Cyber」 https://blog.google/innovation-and-ai/models-and-research/gemini-models/3-8-flash-and-3-8-flash-cyber/
- Anthropic「Introducing Claude Fable 5.1 and Claude Mythos 5.1」 https://www.anthropic.com/claude-fable-and-mythos-5-1
- Anthropic「Introducing Claude Opus 5.5」 https://www.anthropic.com/claude-opus-5-5
- Anthropic「Model pricing」 https://docs.anthropic.com/en/docs/about-claude/pricing
- Qwen3.8-27B(Hugging Face) https://huggingface.co/Qwen/Qwen3.8-27B
- Meta「Introducing Muse Glimmer」 https://research.meta.ai/blog/introducing-muse-glimmer-open-agentic-model
- Vercel「TypeSafe AI's Jev now available on AI Gateway」 https://vercel.com/changelog/typesafe-ai-jev-now-available-on-ai-gateway
- Cloudflare「Jev (typesafe)」 https://developers.cloudflare.com/ai/models/typesafe/jev/
- Hao et al.「Training Large Language Models to Reason in a Continuous Latent Space」 arXiv:2412.06769
- Geiping et al.「Scaling up Test-Time Compute with Latent Reasoning: A Recurrent Depth Approach」 arXiv:2502.05171